膿物語

tetsuo_hara2011-04-06

 3月11日−。それはそれは恐ろしい地震だった。地面の下の悪魔が家を持ち上げ、上下左右に振り回した。物凄いパワーだった。物凄い勢いだった。この恐怖体験を忘れてはならない。同時に、睡眠時間がとれないほどに仕事が多忙になった。この忙しさも忘れてはならない。さらには、原子力発電所が吹っ飛んで放射能を漏えいし、事態の異常さと重大さが俺のキャパシティから溢れたとき、鬱状態に陥った。
 俺は、俺自身の無様に花を咲かせ得る。かつて、排除と反抗は俺の代名詞だった。厳しい潔癖を有難いものに思った。完成と秩序をこそ憧れた。そうして、俺は枯れてしまった。アナーキズムは、枯死の一瞬前の美しい花であった。多くの人が、津波にのまれて殉死した。俺もまた、「退職願」にペンが向き、遅ればせながら、滑走路の下で凍死した。死んだつもりでいたのだが、嫁の、「どうやって生活していくの」の一言で目が覚め、この首筋ふとき棚倉村生まれの破廉恥男は、何やらぶつぶつ言いながら、むくむく起きあがった。大笑いになった。
 破廉恥男は、恥ずかしい思いをした。破廉恥男は、たいへんに困った。一時は、あわてて死んだふりなどしてみたが、すべていけないのである。破廉恥男は、苦しい思いをした。誰にも知られぬ、苦しい思いをした。この懊悩よ、有難う。
 俺は、自分自身の若さに気付いた。それに気付いたときには、俺はひとりで大笑いした。排除のかわりに親和が、反省のかわりに自己肯定が、絶望のかわりに革命が。全てがぐるりと急転廻した。俺は、単純な男である。
 在りし日に憧れてはならない。これはもう、はっきりこの世に二度と来ないものだ。これは、諦めなければいけない。これは、捨てなければいけない。ああ、古典的完成、古典的秩序、俺は君に、死ぬるばかりのくるしい恋着の思いをこめて敬礼する。そうして、言う。さようなら。
 ロマンスの洪水の中に生育して来た俺たちは、ただそのまま歩けばいいのである。震災の恐怖は、そのまま人生の収穫である。思い煩うな。空飛ぶ鳥を見よ。播かず、刈らず、蔵に収めず。
 無性格、良し。卑屈、結構。女性的、そうか。復讐心、良し。お調子もの、また良し。怠惰、良し。変人、良し。変態、良し。化物、良し。古典的秩序への憧れやら、訣別やら、何もかもみんな貰って、ひっくるめて、そのまま歩く。ここに生長がある。ここに発展の路がある。称して浪曼的完成、浪曼的秩序。これは、まったく新しい。鎖につながれたら、鎖のまま歩く。十字架に張りつけられたら、十字架のまま歩く。牢屋にいれられても、牢屋を破らず、牢屋のまま歩く。笑ってはいけない。俺たち、これより他に生きる道がなくなっている。
 腹鉄男、なかなか食えない。
 …残された地上を、老いぼれどもを跨いでゆけ。アルバカーキがどこかなんて、最初からどうでもいい