坊主が死んだ日

台場

 代行監督として、原博実氏が2試合だけ指揮を執ったサッカー日本代表の愛称は、"ヒロミジャパン"。これを"原ジャパン"と言わないのは、原博実のファンが愛着を込めているのと、原辰徳が率いた野球の日本代表が"原ジャパン"と呼ばれていたから混同しないためというのが通説だが、どう考えても郷ひろみと代表曲のエキゾチック・ジャパンから来ていると思う。
 その原博実氏。南アフリカ後の代表監督がなかなか決まらずメディアからも厳しい声が飛んだが、セリエAで実績のあるザッケローニ氏と契約したことでメディアの口を塞ぎ「どうだ!」と思っているに違いない。現在の凋落したセリエAではなく、人気実力共にセリエAが世界トップだった頃に名を馳せた監督を連れて来れたことは頼もしいが、ナショナルチームで指揮を執ったことがないのは気がかりだ。まずはアルゼンチン戦と韓国戦に注目したい。
 遅めの夏休みをもらって、ザ・東京へ行った。鉄道で東京方面へはちょこちょこ遊びに行っていたが、今回は久々に車で。複雑に入り組んだ首都高を運転するのは10年ぶりぐらいか。合流が、左からじゃなくて右からというのが棚倉村の俺には信じがたい。ナビがなければ迷子必然のいわきナンバーだが、ナビさえあればどうにか目的を果たせる。ザ・東京では、iPhoneユーザーが思ったより多いと感じた。俺は次もガラパゴスケータイで行こうと思っているが、スマートフォンガラパゴスケータイ化し、ガラパゴスケータイはスマートフォン化に向かい、両者歩み寄りの傾向にある。あと5年もすれば、スマホガラケーの壁は壊れると思う。
 夜は、宿の隣のビルの居酒屋で一杯。正直言って平均点をやや下回る店だったが、都会の喧騒と雰囲気を肌で感じて満足する。店を出て、酔い醒ましに有明をしゃなりしゃなりと歩く。ザ・東京は、平日の夜も眠らない(画像)。後で調べたら、宿の近くに"和の鉄人"中村孝明の店があることがわかった。次の機会はぜひその店に寄りたい。
 帰宅してテレビを見たら、たまたま高速道路マニアの人が集まって討論する番組が放送されていた。内容は、ハイウェイラジオの楽しみ方とか、道路標識の楽しみ方とか、合流ではわかる人間の心理とか、ジャンクションの構造美とか、観点がマニアックでなかなか面白かった。首都高に苦手意識を持っていたが、これからは少しは首都高を楽めそうな気がしてきた。
 カーオーディオに続いて、BOSEWMSが死んだ。修理に出すか、それとも5年は使ったから退役させて同じものを買うか。CDが聞けない生活は辛いなあ。
 …まだ咲いてない桜の季節に、ひょんなことで恋をしたんだ君に。友達の線引きをまたいで、ずっと近くにいたね、僕らって。こういう「愛しい」って気持ち、抱いちゃいけない仲だったのかな? ごめんね、僕が好きだと思うばっかりに、もう友達ではいられないんだよ