その後の世界

 ゆっくり起きて早めに床に就く祖母とは顔を合わせることがない。なぜなら俺は朝飯もそこそこに出勤し、夜中近くまで仕事をしているからである。たまたま早く帰宅した日には「あら鉄男ちゃん、しばらくぶりだねえ」などと皮肉っぽく言われる。地獄の業火に焼かれるような残業に次ぐ残業の日々も先週まで。おかげさまで今日は定時で一目散に会社から逃げ出せた。
 専門店というわけではないが親子丼を主力メニューにしている店へ行った。親子丼といえば、どんぶりモノの中では牛丼の陰に隠れて比較的地味な、いわば陰日向的な存在である。そんなすき間に目をつけるセンスもさることながら、味の確かさは絶句してしまうほどである。柔らかい鶏肉を包み込む卵にはあえてさほど火を通さない。スパイシーに味付けされた鶏肉と甘くてとろとろの卵とのバランスは絶妙である。喩えるとすれば、いつかバラ珍で見たような、十数年生き別れになった親子の再会みたいなもの。再会するに相応しいシチュエーションとタイミング。そしてそこに居合わせた俺。胃袋に放り込む俺。間髪いれず、また胃袋に放り込む俺。わき目もふらず胃袋に放り込む俺。一心不乱に胃袋に放り込む俺。翌朝、無意識に鶏卵を産んじゃうんじゃないかと思わせるほどセンセーショナルな味だった。
 WCCFは、ドイツW杯の優勝メンバーでもあるカモラネージを獲得した。優勝して公約どおりに長髪を切り落としたシーンは記憶に新しい。そして、獲得を渇望していたセスクことファンセスク・ファブレガスを驚異的な引きの強さでゲット。アンリやビエラが抜けたアーセナルだが、それでもチームクォリティを保持できているのはセスクのゲームメイクによるところが大きい。あの若さでベンゲル監督の信頼を得るのだから並の器ではない。北京五輪は、セスクのいるスペインの優勝と予想する。
 3月まで俺の部署に君臨していた中ボスについて、風の便りが聞こえてきた。飲み会の席で「最近は"YK"という言葉がよく使われますが、私の場合は"YG"であります! 読売ジャイアンツをよろしくお願いします!」と挨拶したらしい。"KY"と言うべきところを"YK"と間違ってしまうところからしていかにも中ボスらしい。続けて、オードリー・ヘップバーンと何かをひっかけてギャグを飛ばしたらしいのだが、周囲はサッパリ意味がわからなかったらしい。少なくとも3ヶ月ぐらい付き合わないと中ボスのギャグは理解できないということを俺は身をもって経験している。しかも、それほどおもしろくないのだ。"分かりづらいうえに面白くない"というところが妙に面白くて、俺はいつも笑っていた。中ボスのギャグが一日も早く理解される日が来ることをお祈り申し上げます。
 久しぶりにエンタの神様を見たら芋洗坂係長が出演していた。ネタは3つぐらいしか見たことがないが、どのネタも完成度がハンパじゃない。登場した瞬間から既に面白いのだが、表情も多彩である。今までテレビに出なかったのが不思議で仕方ない。

 …少し不機嫌な顔のその人は、また仕方なく話しはじめた。「一番大事な心臓はさ、両胸につけてあげるからね。いいでしょう?」。またまた僕はお願いしたんだ。「恐れ入りますが、この僕には右側の心臓はいりません。わがままばかり言ってすみません」。僕に大切な人ができて、その子を抱きしめるときはじめて、二つの鼓動がちゃんと胸の両側で鳴るのがわかるように。左は僕ので右のは君の。左は君ので右は僕の。一人じゃどこか欠けてるように。一人でなど生きてかないように