3104丁目のダンスホールに足を向けろ

 我が家でちょい乗り用に車を買うというので、腹家のことだから「ちょい乗り」と言ってもコルベットとかカマロの類じゃなかろうかと心配したが、意外にも単なるラクティスだった。
 この冬は久々にスーツを新調した。デザインはいつもテイラーまかせにしてしまう俺だが、今回は秘かに「チンピラみたいなスーツ」というコンセプトを抱いていた。この場合"チンピラ"という単語を口に出すことなく、いかにしてその主旨をテイラーに伝えるかがポイントになる。ああでもないこうでもないと御託を並べてイタリア製の生地を選び、半信半疑のうちに発注してきた。そしてつい先日仕立てられてきたところだが、予想を上回る見事な出来栄えに感服した。「イタリアの生地は発色が鮮やかなんざますよ」とテイラーが言うとおり、鮮やかな紺にピンストライプのスーツは、"チンピラ"とか言う生半可なものではなく、まるで"イタリアンマフィア"のようである。これ以上鮮やかだと下品になるが、ここを超えない範囲であれば鮮やかなほどオシャレという、絶妙な色味を醸している。俺ってやつは、3丁は拳銃を隠し持っているから気をつけろ。なんて言ったって、23ミリの銃口から飛び出す弾は、真っ赤な野いちごさ。わかるだろ、俺は殺し屋。魅力的なお前のその白い足にミートソースをぶっかける。
 相変わらずお取引先などからは難題を押し付けられ、一連の偽装問題にさんざん振り回され、疲れて帰宅しようと思えば爆弾低気圧に見舞われて牛歩を余儀なくされ、おまけに給料も下げられそうな勢いだ。このままでは当然頭がおかしくなりそうだから何か楽しいことを考えなくちゃいけないし、このままではぶっ壊れるのは目に見えているからどこか優しい所へ行かなくちゃいけない。こんなときは、ありったけの金を持ち、棚倉村大字棚倉字棚倉3104丁目のダンスホールへ足を向けるに限る。3104丁目のダンスホールには同じような気分の奴らがわんさかいるんだ。
 …ただ重なった事が目の前を潰しやがる。何も持っていないわけではない。這って逃げるのもありか。きみの手を握った。指先で