あしながぐもだろう、あしたがあるだろう

 次の人事異動に備えて、早くも俺は仕事を引継ぐための書類を作成しているわけだが、"北半球一のタッチスピード"と称される俺のブラインドタッチを見た中ボスが「まるでピアノを弾いているみたいだなあ」と関心していた。そのひと言で終わらないのが中ボスで、NHK朝の連続テレビ小説の名場面を持ち出して「さくら子さん!そんなにピアノが好きですか!!」などと奇声を発していた。
 右肩下がりと言えどもボーナス支給日が近づくと、どうしても浮かれてしまう。普段は闇と惨劇と殺戮の通勤路も、その日ばかりは"痛快ウキウキ通り"と化し、右肩下がりのことなんてすっかり頭から消え去ってしまう。明日の千円よりも今日の百円ってことか。
 振り返ればボスがいる…。俺の席から後ろを振り返ると、大ボスがメガネを上下させながら仕事をしているんだ。先日は「屁でもねえようなことなんだけどよ」と俺が作った書類の隅っこに大ボスがイチャモンをつけてきた。屁でもねえようなことならばいいやと放置していたら、二日後にその「屁」についてしっかり根拠を示してきたので、やっぱ大ボスはすげーやって思った。
 なかなか沈静化しないいじめ問題。偉い人たちは"いじめ"そのものを根絶させようとしているようだが、それは間違いと考える。学生の時にいじめたりいじめられたりして免疫をつけておかないと、いざ社会に出てから少々のことで挫折するに違いない。社会って厳しいから。かと言って、自殺するほど追い込まれるのはたしかに問題である。逃げ道がないから自殺を考えるのだから、逃げ道を作ってあげれば良い。社会人は労働基準法(第39条)で年次有給休暇の権利が謳われているが、これを学生さんにも適用してあげれば良いのだ。はい、万事解決。
 HDDに溜まった番組でも消化しようかと思ったら、思わず「クイズミリオネア」を見てしまった。今の時代に顔のどアップを無言で映して視聴率が取れるのは、みのもんた木村拓哉志村けんの3人だけである。働き者のみのもんただが、実は脳梗塞が5ヶ所ほどあるというから驚きだ。もっとも、一見正常な人でも40歳を超えると脳梗塞が2、3ヶ所見つかるのは珍しいことではない。脳梗塞とは、いわばロシアンルーレットみたいなもので、どうでも良い記憶野をやられて物忘れが激しくなったぐらいで済む人もいれば、運動や言語を司る大事な部分がやられてしまう人もいる。運がよければみのもんた、悪ければ長嶋茂雄と言うわけだ。みりおねあ、みのもんた。あしながぐもだろう、あしたがあるだろう。
 …移ろう景色は人の記憶をおびやかす。見まがうことを悩まず、そこで漂う。かなわない広さや深さに出会った時、立ちすくみ漂うことを誤魔化せないよ