ニシエヒガシエ

 赴任して4日が過ぎようとしている。今日は、スーパーのレジのキャッシャー援助をする気分でバーコードをスキャンしたりもしたが、もっぱら赤ペン先生と化してまばたきひとつせずに数字を睨んでいる。そして椅子にふんぞり返って「あん? これ意味わかんないんだけど」とか「はあ? 努力の跡が見られないんだけど」とか、人が作った書類に文句を言う毎日。女、子供には滅法強い。
 処理しても処理しても次から次へと書類が湧いてくるから、残業せざるを得ない。時間的にはたいしたことないが、濃密に作業に徹しているから結構疲れる。まるで15イニングを一人で投げぬいているみたいに、右ひじが痛い。この痛みは、ひょっとして「ねずみ」かも知れない。(*説明しよう!! 「ねずみ」とは野球のピッチャーがかかる職業病のことである! 酷使の影響で関節の軟骨が割れて動き、神経を刺激してものすごい痛みが走るのだ!!)"まさかり投法"で知られ、通算215勝を挙げた村田兆治投手や、"大魔神"のニックネームで日米で大活躍した佐々木主浩投手らも「ねずみ」にかかり選手生命の危機にさらされた。俺も「ねずみ」だとすれば、アメリカに渡ってジョーブ博士の手術を受けなければならない。
 光子さん(祖母)の話を長々と聞ききながら晩飯を食べた。「ばあちゃんはな、80年生きてるるけどな、間違ったことは一つもしなかったね」とか「昭和23年にマッカーサーが農地解放政策を採ってな、1反歩630円で地主から小作人が農地を買ったんだ」とか「ばあちゃんが勤めはじめた頃は月給25円だったけどな、その後すごいインフレがあって、辞めるときには月給が6000円になってたんだ」などなど。残業後の俺には少しヘヴィな内容だった。極めつけに「『悲しきことよ、宮仕え。辞令一つでニシ、ヒガシ』って昔から言うんだ」とか言ってた。
 落とし穴を掘ってみたら、通称"二本松のズラタン・イブラヒモビッチ"がそれに落ちた。ものの見事に落ちた。物事こんなに思惑どおりに進んでいいの?って思うぐらい見事な落ち方だった。これが俺だし、俺の最も俺らしい部分だ。久しぶりに腹鉄男の真骨頂を見た。痛快だった。 
 …続くのは、きっと理由があるんでしょ? あたしが止まれば何か変わってしまう。きみどり色の葉っぱ、浮かんだ。池に落とした涙は水面の色さえ変えないけど